Here, There and Everywhere...

Nobody can deny that there's something there

ポエムみたいな日記

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昨日は大学の先生とそのゼミ生達と飲み会だった。僕も含めたおっさんが7人に対して学生20人ぐらいだったかな?人数多すぎて、いったい何人いたのか覚えてない。とにかく、若い人がたくさんいた。まぁ、おっさん対学生の比率がそんな感じだったので、基本おっさん1人か2人に対して何人かの若い人って感じで飲み会は進んでいった。

一応、社会人との飲み会って事は学生に対して先生からアナウンスがあったらしく、学生なりに色々考えて質問してきたのが微笑ましかった。そんな微笑ましい質問のしてくる子たちに「転職して仕事の幅広がりましたか?」なんて質問されるとは思わなかった。

その質問に直球で答えるとすれば、少なくとも「できる事」は「増えた」とシンプルに答えることができるし、彼らにもそんな風に答えたと思う。それは失敗しなくなったという意味じゃない。失敗が持つダメージの大きさを勘案できるようになり、それは自分の現在の手持ちのカードでどのくらいカヴァーできるものなのか、予測できるようになったということ。

「失敗したらどうなるか分からない」というのと、「失敗したらこのくらいひどいことになるだろう」だったら、後者の方が、たとえ失敗しつつあったとしても、先の着地点が予測できる分、ずいぶんと楽になり、不安からくる決断の先延ばしという事態を回避することができる。

残り時間は刻一刻と減っているのだろう。全力で動けるのは後何年ぐらいなんだろう。けれど、その残りの時間でできることは、逆に増えている。「どうしたらいいのだろう?」という迷いや焦りは、できる事が増えた分、若い頃よりもずいぶん強くなったのかも知れない。

思えばぼくは、ここ数年意味も分からず焦っていた。その多くは、自分自身ができるようになったことが増えたことと、周囲とのギャップによって生じていたのだなと気づく。新たに生じた目標と、そこに到達するための手段の不在というギャップから生じる苛立ちと言えそうだ。

学生たちと別れた後、電車に揺られながらそんな事を考えていた。他方で、もう少しこういう事言ってあげればよかったなっていう「言い残したことも」にも気づく。ただ、そんな事をここに書いても説教臭くなるだけなので、ここらで筆を置くことにします。